バックパッカーとは、低予算で個人旅行をする旅行者のこと。
バックパック(リュックサック)を背負って旅行する人が多いことから、こう呼ばれるようになりました。
長期間のお休みを取って、ユースホステルやB&B(ベッドアンドブレックファスト)を利用して世界の色々なところを旅してみたい、と憧れる若者は多いと思います。
私も大学生の頃、夏休みを利用してアメリカ縦断をしました
そんなバックパッカー達は、その後、どうしているのか?
末路、という言葉はかなりネガティブな意味が含まれますが、もちろん個人によって結果は異なり、ポジティブな面を多く得た人もいます。
この記事では、
- バックパッカーの良い面&悪い面
- バックパッカーが巻き込まれた事件
- 映画にもなったバックパッカーの事故
をご紹介します。
バックパッカーのポジティブ&ネガティブ面
バックパッカーは、世界中を旅しながら新たな経験を積み、文化や人々との交流を楽しむことができます。予定を立てずに自由な旅を満喫し、思い出に残る冒険を追求することができます。
まずポジティブな面をあげます。
バックパッカーの良い面
- 自己成長と学び:バックパッカーは、新しい環境・文化との接触を通じて自己成長をすることができます。
言語の習得、問題解決能力の向上、柔軟性や忍耐力の養成など、旅行中に得られる経験は非常に貴重です。 - 文化交流と人間関係:バックパッカーは、様々な国や地域の人々と交流する機会を得ます。
異なるバックグラウンドや視点を持つ人々との出会いは、相互理解や共感を深めることにつながります。
友情や国際的な人脈を築くこともできます。 - 冒険と経験:バックパッカーは、自分自身を新たな環境や挑戦にさらすことでいろいろな冒険ができます。
例えば、壮大な自然の中でのトレッキングや山岳登頂、ボランティア活動への参加、現地の伝統や祭りへの参加など、さまざまな経験を積むことができます。 - 発見と創造性:新しい環境での経験は、創造性や問題解決能力を高めます。
バックパッカーは、異なる文化や環境に触れることで、世界への洞察や視野を広げることができます。
これは、ビジネスや芸術などの分野で、斬新なアイデアやインスピレーションに繋がるかもしれません。
これらのポジティブな影響は、個人的なレベルから社会的なレベルまで広がる可能性があります。
大変そうですが、自分を大きく成長させてくれそうで、憧れますね!
次はネガティブな面です。
バックパッカーの悪い面
- トラブルや犯罪に巻き込まれる:旅行中に財布やパスポートの盗難、詐欺、置き引き、強盗などのトラブルに遭遇することがあります。
特に人気のある観光地や治安の悪い地域では、注意が必要です。
また、言葉の壁や文化の違いからくるミスコミュニケーションも問題となる場合があります。 - 健康上の問題や事故:旅行中に病気やケガに見舞われることもあります。
異国の医療制度や言葉の問題により、適切な医療を受けることが困難な場合もあります。
また、自然災害や交通事故などの予期せぬ事故に巻き込まれることもあります。 - 予算の制約や経済的困難:バックパッカーは予算の制約の多い旅行です。
予想以上に費用がかかったり、予期せぬ支出が発生したりすることがあります。
長期間の旅行では、予算管理や節約のスキルが求められます。
また、帰国後に仕事や収入の問題が生じることもあります。 - 孤独や孤立感:一人での旅行や新しい環境への順応に苦労することがあります。
言葉の壁や文化の違い、知り合いや家族からの距離感の変化などが原因となり、孤独感や孤立感を感じることもあります。
これらは、計画を立て、安全対策を講じ、現地の文化や習慣に敬意を払うことで、リスクを最小限に抑えることができます。
また、旅行前の情報収集や現地の人々との交流が大切です。
コミュニケーション力のある人じゃないと大変そう!
- 旅行先の安全情報や現地の法律、犯罪率などを事前に調査し、注意喚起や旅行アドバイスに従うことが重要
- 人混みや観光地などでの貴重品の管理、盗難や詐欺に対する警戒心を持つことが大切、周囲の状況に注意
- 信頼できる宿泊施設やホステルを選び、セキュリティ対策がしっかりしている場所を選ぶ
- 他の旅行者や地元の人々と交流することで、情報や助言を得る
- グループでの行動や現地ガイドの利用
ヒッチハイカーは通りがかりの車に無料で乗せてもらって旅行する人です。
アメリカではヒッチハイクは違法とよく聞きますが、ヒッチハイカーが車道に立っていない、通常の交通の流れを妨げていない限り、50州のうち44州で合法です。
また違法な州でも、ヒッチハイカーが切符を切られることはほとんどありません。
バックパッカーにとって、ヒッチハイクは移動手段のひとつです。
それでは、バックパッカーが巻き込まれた事件や事故をご紹介します。
バックパッカーが被害にあった事件
バックパッカーが被害に遭った事件を3つ、ご紹介します。
- 1989〜93年、バックパッカー連続殺人
- 2001年、被害者はイギリス人の男性バックパッカー
- 2005年、被害者はドイツ人の女性バックパッカー
ひとつずつ見ていきます。
1989〜93年、バックパッカー連続殺人
バックパッカー殺人事件は、1989年から1993年にかけてオーストラリアのニューサウスウェールズ州で起きた連続殺人事件です。
犠牲となったのは、19歳から22歳の若者7人(ドイツ人3人、イギリス人2人、メルボルン出身のオーストラリア人2人)です。
犯人はイヴァン・ミラット、当時45歳、犯行は非常に残忍で、被害者は遺体が見つかるまで長い間行方不明でした。
事件の解決には、警察の捜査活動とDNA証拠の分析が重要な役割を果たしました。
ミラットは1994年に逮捕され、1996年には7件の殺人容疑で有罪判決を受け、終身刑を宣告されました。
2019年に獄中で死亡、74歳でした。
2001年、被害者はイギリス人の男性バックパッカー
ピーター・ファルコニオは、当時28歳のイギリス人男性で、恋人のジョアン・リーズとワーキングホリデーでオーストラリアに入り、2001年6月からバックパッカーとして旅行していました。
7月、北部地域を旅行中、ストュアートハイウェイをキャンピングカーで走っていたところ、謎の車が横付けしてきました。
車の運転手は、排気口から火花が飛び出すのを見たと説明し、ピーターを車の後部に連れていくと、拳銃で撃ちました。
ジョアンは必死に逃げ出し、警察に助けを求めることができました。
事件は、国際的な注目を浴び、オーストラリアの警察と捜査当局が犯人の特定と逮捕に向けて活動しました。
数年にわたる捜査の結果、事件の主犯であるブラッドリー・ジョン・マードックが逮捕され、有罪判決を受け、終身刑を言い渡されました。
ピーターの遺体は発見されず、彼の行方は不明のままです。
2005年、被害者はドイツ人の女性バックパッカー
シモーネ・ストロベル殺害事件は、オーストラリアで発生した悲しい事件です。
シモーネは当時25歳のドイツ人保育士で、恋人、恋人の妹と友人と一緒にバックパッカーとしてオーストラリアを旅行していました。
2005年2月11日、4人はリズモア・ツーリスト・キャラバン・パークにチェックインしました。
その夜、ゴラン・ホテルでお酒を飲みながら夜を過ごし、午後11時10分にバーのマネージャーによって追い出され、4人はキャラバン・パークに戻りました。
翌朝午前10時45分、恋人と友人はリズモア警察署にシモーネが行方不明であると通報、夜中にキャンプ場を出て行ったと警察に告げました。
その後、警察は情報提供を呼びかけ、大規模な捜査が実施されました。
2月17日、失踪したキャンプ場から100メートルも離れていない場所で、ヤシの葉に覆われた裸のシモーネの遺体が警察犬によって発見されました。
死因は窒息であると考えられています。
捜査当局は容疑者としてシモーネの恋人や友人を調査しました。
しかし証拠不十分のため、容疑者の起訴は行われず、事件は未解決のままです。
バックパッカーの死亡事件で調べたところ、オーストラリアが多くヒットしました
怖いですね
続いて、事故です。
バックパッカーが遭った事故
バックパッカーが旅行中に事故に遭うことは、一般の観光客と同じようにあります。
例えば、2012年のタンザニア、ザンジバル島沖で発生したフェリーの転覆事故では200人以上が亡くなり、バックパッカーも含まれていました。
また2015年、タイの首都バンコクで起きた爆弾事件では20人以上が死亡し、100人以上が負傷しました。この事件は、バックパッカーや観光客が多く訪れるエリアで発生しました。
ここでは映画や小説にもなった、クリス・マッキャンドレスを詳しくご紹介します。
イントゥ・ザ・ワイルド、荒野へ、クリス・マッキャンドレス
クリス・マッキャンドレス、本名クリストファー・ジョンソン・マッキャンドレスは、1968年生まれで、アメリカの冒険家です。
ジョージア州のエモリー大学を卒業後、北米を旅しました。
そして1992年4月、シンプルな暮らしを望んだ彼は、最小限の荷物だけを持ち、ヒッチハイクでアラスカに向かいました。
スシャナ川の東岸に放棄されたバス142を見つけ、そこで過ごしました。
本を読み、植物を採集し、動物を狩り(その中には禁止されているヘラジカもいました)、緊急物資が保管されている小屋をいくつか破壊して手に入れました。
2か月余りで帰ることを決め、移動を始めると、氷河からの流出で川が増水し、道が塞がれていました。
地図を持たずに来たので、その下流に手動ケーブルカーがあることを彼は知りませんでした。
バスに戻った彼は、正確な日付は不明ですが、8月に餓死しました。
9月に異臭がしたことでハンターに発見され、遺体は30キロほどだったそうです。
『イントゥ・ザ・ワイルド』(Into the Wild)は、2007年のアメリカ映画です。
ジャーナリスト、作家、登山家であるジョン・クラカワー原作で、クリス・マッキャンドレスの事件がモデルです。
監督は俳優のショーン・ペン、第80回アカデミー賞で助演男優賞と編集賞にノミネートされました。
あらすじ:
クリスのアラスカでの生活と、アラスカに至るまでの道中、妹のナレーションが交互に挟まれる構成である。
裕福な家庭に生まれ、物質的に恵まれた環境で育ったクリス・マッキャンドレスは、エモリー大学を優秀な成績で卒業する。両親はハーバードのロースクールに進学することを望んでいたが、幼い頃から不和を見せつけられ、金で物ばかりを与えようとする両親に嫌気が差していたクリスは、学資預金を全額寄付し、世界の真理を求めアラスカへと旅に出る。
身分証を切捨てたクリスは自らをアレグザンダー・スーパートランプと名乗り、様々な人と出会いながら旅をする。ヒッチハイクでヒッピーの夫婦と出会い、穀物倉庫で働き、川を許可書なしにボートで下ってメキシコに行く。再びアメリカに戻り、ヒッピー夫婦と再会、歌を歌う少女とも交流する。その後、クリスが荒野でキャンプしていると、ロン・フランツという老人と出会う。ロンは身寄りがなく、革を彫る仕事をして一人で暮らしている。クリスはロンの仕事を手伝い、共に時間を過ごす。アラスカに行くというクリスに、ロンは自分の養子にならないかと言う。クリスはアラスカから帰ってきたら話をすると言う。
アラスカに分け入ったクリスは、うち捨てられたバスを発見し、そこを拠点とする。日記を記し、ジャック・ロンドンやトルストイ、『ドクトル・ジバゴ』を読みながら生活を送るが、徐々に食料は減っていき、ヘラジカを撃つも、食べる前に虫が湧いてしまう。ついに限界が来て、クリスはアラスカを出て街に戻ろうとするが、解けた氷で川が増水しており、帰ることができず閉じ込められてしまう。アラスカにやってきて100日以上が過ぎ、食料を探して野草を食べるが、毒性があり苦しむ。衰弱しきったクリスは「幸福が現実となるのはそれを誰かと分かち合った時だ」と本に書き込み、涙を流しながらバスの中で息絶える。
イントゥ・ザ・ワイルド
映画のモデルとなった本はこちらです↓
まとめ
バックパッカーの末路?巻き込まれた事件や事故、良い面と悪い面、いかがでしたでしょうか。
- 良い面は、自己成長と学び、文化交流と人間関係、冒険と経験、発見と創造性
- 悪い面は、トラブルや犯罪に巻き込まれる、健康上の問題や事故、予算の制約や経済的困難孤独や孤立感
- バックパッカーが被害に遭ったオーストラリアの事件を3つ
- バックパッカーが事故に遭ったアメリカの有名なお話、映画化もされた
をご紹介しました。
私が大学生の頃にアメリカ縦断をした話を冒頭でしましたが、今思うと、本当に若いから出来たなと思います。
実はヒッチハイクのようなこともしました。
ちなみにひとりです、無謀でした…何もなくて良かった。
複数で行動、決して独りにはならない、用意は周到に、が大事だと思いました。