アメリカ独立戦争は、アメリカ東部のイギリス13植民地が本国イギリスに起こした戦争です。
そう、アメリカも昔は植民地だったんですね。
この記事では、
- アメリカ独立戦争とは?
- 独立前にアメリカは独立宣言した!
- フランス参戦でイギリス大ピンチ!
- そしてフランス革命へ?
を、順を追って分かりやすくまとめてみました。
アメリカ独立戦争とは
まずは簡単に。
- アメリカ独立戦争(アメリカどくりつせんそう)
英語だと、アメリカン・ウォー・オブ・インディペンデンス(American War of Independence) - いつ?:
1775年から1783年 - どこで?:
北アメリカ東部(現在のアメリカとカナダ)、大西洋、地中海、カリブ海 - 誰が?:
イギリスの13植民地と本国イギリスが、 - 何をした?:
戦争をした - どうして重要?:
イギリスが負けて、アメリカ合衆国の独立となったから
人々がイギリスにキレて起こした、1773年のボストン茶会事件。
これ以降、イギリスからの締め付けはさらに厳しくなっていました。
- ボストン港の閉鎖
- マサチューセッツ自治権の剥奪
- 軍隊を駐屯させる
- 移住を制限する
植民地の人々の間の不満は募り、団結は強まり、イギリスへの反発はどんどんと強いものになっていきました。
やり過ぎはいかんのです、うん
アメリカ独立戦争のきっかけと原因
独立戦争のきっかけとなったのは、1775年4月19日のレキシントン・コンコードの戦い。
マサチューセッツ州、ボストン北西のコンコードでイギリス軍と植民地民兵が武力衝突。
結果は、植民地軍の勝利!!
実は私、大学生の時、レキシントンにホームステイしたことがあります^^
ボストンから車で30分くらいでした
植民地軍は、コンコードに大量の武器を隠していました。
これを知ったイギリス軍が、取り上げてやろうとやって来て、衝突となったのです。
当時、植民地民兵は、「ミニットマン」と呼ばれていました。
呼ばれれば1分(ミニット)で駆けつけるという意味です。
彼らは子供の頃から狩猟のために射撃の腕を磨いていたため、ライフル銃の扱いに長け、狙撃の腕は相当のものだったそうです。
こちらはレキシントンにあるミニットマン像です↓
なかなかカッコイイですね!
ミニットマンの銃弾を浴び、イギリス軍は撤退。
植民地側の勝利となり、
「アメリカ独立戦争」への幕が切って落とされる
こととなりました。
不満ももう限界だったのでしょうね!
同年5月には、若き日のジョージ・ワシントンが最高司令官として大陸軍が組織されました。
ワシントンはもちろん、後のアメリカ合衆国初代大統領です。
戦いの翌年には、こんな冊子が出回りました。
コモン・センス=常識です。
アメリカが独立するのは当たり前のこと、間違いではないと説かれていました。
当時の植民地の人々に勇気と自信を与え、さらに団結力を強めることに大いに貢献しました。
そして。
アメリカ独立宣言へ
まだ戦争中で、勝ってもいないんですけれど。
1776年7月4日 アメリカ独立宣言
第二回大陸会議総会で、13植民地全会一致で決議
もう独立するしかないでしょ!!という気持ちの現れ、というところでしょうか。
もし負けていたら、意味のないものになっていましたね
※アメリカ独立宣言については↓
そして戦いは、苦戦を強いられながらも一進一退を繰り返し、遂に好転するチャンスを掴みます。
それは、他国との同盟です。
アメリカ独立戦争とフランス
1778年 フランス参戦
アメリカが優勢なのを見て、イギリスへ宣戦布告
ちょっとズルい感じがしますが。
以前、植民地アメリカをイギリスに取られた仕返しという訳ですね。
これで思いましたが、漫画『ベルサイユのばら』に登場したフェルゼン伯爵
アメリカ独立戦争に参加していましたね〜
ああ、これだったんだ!と思いました
すみません、思い切り余談でした
フランスだけではありません。
1779年 スペイン参戦
イギリスへ宣戦布告
1780年 オランダ参戦
イギリスへ宣戦布告
あー、勝ち馬に乗るってヤツ?
ううーむ、イギリスさん、四面楚歌。
大ピンチです。
これに焦ったのでしょうか、イギリスはアメリカに他国の船が出入りすることを禁止する!という海上封鎖をしてきました。
武器や物資を入れさせないようにすれば良い、と思ったのでしょう。
しかし、これにロシアや他国が反発しました。
1780年 武装中立同盟
ロシア・スウェーデン・デンマーク・プロイセン・ポルトガルで結成
ますますイギリスは、ヨーロッパで孤立してしまいました…!
1781年 ヨークタウンの戦い
フランス・アメリカ軍とイギリス軍の戦い
アメリカ独立戦争を終わらせた戦いと言われています。
バージニアのヨークタウンで、イギリス軍はフランス・アメリカ連合軍に敗れ降伏しました。
イギリス軍の指揮官だったコーン・ウォリスは、ニューヨークからの救援を待っていました。
しかし救援が遅れ食料も弾薬も無くなったイギリス軍は、もう降伏するしか道は残されていませんでした。
7千人のイギリス軍兵士が捕虜になりました。
救援艦隊が到着したのは、5日後でした。
18〜19世紀の200年の間、イギリス戦隊が負けたのは、これただ1度だけです。
アメリカが独立する運命だったのかもしれませんね?
1783年 パリ条約
イギリスとアメリカの講和条約
アメリカ合衆国の独立が承認され、遂に戦争は終結しました!
一方、フランスは戦争を支援した戦費の負担が国家財政に大きく影響し、後のフランス革命に繋がります。
まとめ
アメリカ独立戦争とは?フランス参戦でイギリス大ピンチ!、いかがでしたでしょうか。
- 1775年 レキシントン・コンコードの戦いで独立戦争が始まる
- 植民地軍は、ジョージ・ワシントンが最高司令官
- 翌年には、早々にアメリカ独立宣言を決議
- 1778年 フランスが参戦、他国も味方に付く
- 1781年 ヨークタウンの戦いでイギリス軍が降伏、これが決定打になる
- 1783年 パリ条約にてアメリカ合衆国の独立が承認される
アメリカ軍には味方がたくさんついたのが有利でしたね。
この独立戦争、他の植民地の人々にも影響を与えたようで、
「そうか、独立できるものなんだ!」
と世界中で独立への動きに繋がったそうです。
世界を変えた戦いでした。